コラム
 国際化学オリンピックとは   参加するには   開催国   規約

規約

本文は、2005年の大会から施行されている"Regulations of the International Chemistry Olympiad (IChO)"の全文を和訳したものである。翻訳に伴う解釈のずれを最小限にとどめるために,原文の表現が可能な限り訳文に反映されるように努めた。訳文の解釈に不明な点があるとき,あるいは原文と訳文の解釈に不一致があるときは、原文に基づいて判断されるべきである。

国際化学オリンピック大会(IChO)競技規則
(2008年7月18日改定)
  1. 目的
  2. 主催参加
  3. 参加国の代表団
  4. 主催者の任務
  5. 経費の負担
  6. 国際審議会 (International Jury)
  7. 国際審議会の任務
  8. 運営委員会 (Steering Committee)
  9. 国際情報センター
  10. 準備問題と本試験
  11. 本試験の実施要領
  12. 安全への配慮
  13. 本試験問題の作成要領と確定手続き
  14. 採点
  15. 最終成績の確定と表彰
  16. 付則
  • 付録A
  •  (A1 生徒をまもるための安全指導)
  •  (A2 主催国向けの安全指針)
  • 付録B 
  •  (B1 危険警告記号とその説明-学校で使う試薬に適用)
  •  (B2 R分類とS勧告)
  •  (B3  危険性の表示)
  • 付録C 
  •  (C1 参加生徒の全員が既習と考えてよい事項)
  •  (C2 準備問題に組み込めば本試験に使える概念と実験スキルの例)
  • 付録D 
  • 参加生徒の全員が既習と考えてよい化学知識

国際化学オリンピック(IChO)規則
(2008年7月18日改訂)

第1条 目 的
 IChO(International Chemistry Olympiad)の大会では,中等学校(以下「高校」)の生徒が化学の実力を競い,諸国の生徒と交流する。独創性を発揮しつつ問題に挑戦する生徒が,実力の向上に役立てるほか,世界の仲間たちとつくる友好・協力関係を通じて国際理解の増進につなげることも目的とする。

[大会の開催]
第2条 主催と参加
  1. IChOの大会は毎年,参加国のどれか(主催国)が適切な実施母体を構成し,原則として7月初旬に開催する。
  2. 主催国は,前年の大会に参加したすべての国に参加を呼びかける。公式な参加打診状は開催前年の11月までに各国へ送る。参加を打診された国は,主催国の案内に従って参加の可否を回答する。
  3. 前年に不参加の国も参加を希望できる。ただし主催国が同国の希望を受け入れるには,翌年と翌々年に主催する2国の同意を要する。新規参加を望む国は,参加予定年の前々年と前年にオブザーバーを派遣しなければならない(第3条5 も参照)。
第3条 参加国の代表団
  1. 参加国の代表団は,原則として生徒4名と引率者(メンター mentor)2名からなる。オブザーバー(scientific observer)2名を加えてもよい。
  2. 生徒は大学生であってはならず,化学専門校でない高校の生徒にかぎる。開催年の5月1日以前に卒業した生徒の参加可否は,主催国に卒業年月を伝えて判断を仰ぐ。また生徒は,開催年の7月1日時点で20歳未満とする。
     生徒は参加国の旅券を有する者か,同国の高校に1年以上在籍した者でなければならない。
     代表団は全員,主催国への往復旅程と主催国内の滞在につき,医療保険に加入していることを要する。
  3. メンターは国際審議会(第6条)の委員となり,うち1名(ヘッドメンター)は参加国を代表する。
  4. メンターには以下の責務(a,b)と権利(c)がある。
     a) 本条②記載の条件が満たされていることを保証する。
     b) 英語版の試験問題を生徒の母語に翻訳し,試験問題の内容を把握したうえ,自国生徒の答案を採点する。
     c) IChOの運営や大会内容等に異議があれば国際審議会の議長に伝え,必要とあれば次回の国際審議会の会議で問題点を解決するよう要請する。
  5. 新規参加を希望し主催者がそれを受け入れた国は,オブザーバー 1名を派遣できる。
第4条 主催国の任務
  1. 主催国は以下の業務を行い,必要な事項は全参加国に通知する。
     a) IChO大会の日程確定
     b) 到着日と出発(解散)日の交通案内(発着空港,発着駅など)
     c) 本規則に従う試験の実施細目決定
     d) 会期中における全参加者の災害・傷害・損害保険加入手続き
     e) 実験試験室と実験器具類をメンターが事前チェックする機会の提供
     f) 安全指針の順守を目的とする会合の手配
     g) 閉会式で与えるメダルや賞状の手配
     h) 報告書の作成(印刷体またはCD-ROM版。閉会後6ヶ月以内)
  2. 主催国は,開催前年の12月に自国で運営委員会(第8条)を開催する。
第5条 経費の負担
  1. 参加国は,生徒と引率者の双方につき,開催地の空港・駅または開催場所への往復旅費を負担する。
  2. 参加国は,国際審議会が定めた参加費を主催国に支払う。
  3. 生徒と国際審議会委員の滞在費を含め,会期中の所要総経費は主催国が負担する。
  4. 翌年と翌々年の主催国が派遣するオブザーバー 2名の滞在費は主催者が負担する。
[運営組織]
第6条 国際審議会(International Jury)
  1. 国際審議会は議長1名と委員で構成する。議長は主催国の責任者が務める。委員は,参加各国2名のメンターと,運営委員会(第8条)の委員長からなる。
  2. 議長ないしその代理人は,会期中に開催が必要な会議を招集して座長を務める。
  3. 通常会議でも分科会でも,参加国の75%以上が出席し,賛成が過半数のときに議案は承認される。投票では各国が1票をもつ。本規則の改訂は通常会議に諮り,議決には賛成3分の2以上を要する。賛否同数の際は座長が議決権を行使する。会議の議決事項は主催国と参加国の双方を拘束する。
  4. 会議の公用語は英語とする。
第7条 国際審議会の任務
  1. 国際審議会は次の任務をもつ。
     a) 本規則に従ってIChO試験の実施と管理を行う。
     b) 主催国が用意した本試験の問題と模範解答,採点基準を事前に点検し,必要なら理由を付して改訂する。
     c) 答案の採点を監督し,どの生徒も同一基準で評価されるよう保証する。
     d) 最終成績を確定し,メダルや賞状の授与につき決定する。
     e) 試験全体を監視し,IChO規則や組織,内容に改善すべき点があれば提言する。
     f) 特定の生徒または特定国の全生徒を成績評価から排除すべき事態が発生した場合,その適否を議決する。
     g) 会期中に運営委員会委員の選挙を行う。
     h) 特定の問題点を検討するための作業部会をつくれる。
  2. 国際審議会の委員には次の守秘義務がある。
     a) 会期中に得た関連情報は良心に従って扱い,特定の生徒を利してはならない。
     b) 生徒の最終成績は,国際審議会が発表する閉会式まで口外しない。
  3. 国際審議会の作業部会メンバーは,IChO参加国およびIChOに関心をもつ集団から選ぶ。作業部会は会合を開き,審議結果を運営委員会に提出する。
第8条 運営委員会(Steering Committee)
  1. 運営委員会は,IChO開催にかかわる中長期的業務を管理する。
  2. 運営委員会委員は国際審議会の会議で投票により選出する。欧州から3名,南北米大陸から1名,アジアから1名,環太平洋地域から1名を選び,任期は2年とする。同一人物の在任は引き続く2任期以内とする。正規委員のほか,適切な専門家1~3名を任期1年で運営委員会が指名・選定してもよい。
  3. 運営委員会には,次にあげる職責上の(co-opted)委員4名も含める。
     a) 開催年のIChO実施責任者(1名)
     b) 前年主催国のIChO実施責任者(1名)
     c) 翌年主催国と翌々年主催国のIChO実施責任者(計2名)
  4. 運営委員会の委員長は互選により就任し,次の任務を負う。
     a) 運営委員会を招集して座長を務める。
     b) 将来のIChO開催地等を決める国際審議会の業務会議(business meeting)を招集して座長を務める。
     c) 主催国(host)の合意を得たうえ,投票権のない人物を運営委員会に出席させてもよい。
     d) 特別な事態が発生した場合,国際審議会の特別会議を招集させることができる。
  5. 運営委員会は次の任務を負う。
     a) IChOの運営全般を監視する。
     b) 国際審議会の会議に付すべき議題を提案する。
  6. 運営委員会は,国際審議会の権限に干渉するような決議をしてはならない。
第9条 国際情報センター
 IChOの第1回(1968年)以降の情報を収集し,要請があれば提供する国際情報センターの事務局をスロバキア国ブラチスラバ市に置く。

[試験の実施]
第10条 準備問題と本試験
  1. 主催国は開催年の1月に,英語版の準備問題一式を全参加国に送る。準備問題は,本試験問題の内容と難易度を,安全面(第12条と付録B)も含めて伝える役割をもつ。準備問題には可能なかぎりSI(国際単位系)を使う。
  2. 準備問題の筆記問題は25問以上,実験問題は5課題以上とする。
  3. 参加生徒の全員が既習と考えてよい化学の概念と実験技術を付録Cにまとめた。付録Cの枠内であれば,本試験の筆記問題も実験問題も自由に作成してよい。
     主催国は,付録Cの範囲外となる6分野以内の筆記問題,2分野以内の実験問題を本試験の出題に含めてよい。そのとき準備問題には,各分野の問題2題以上を含めたうえ,必要な実験スキルも盛りこむ。そうした「枠外分野」の例も付録Cにあげた。例に記載されていない分野をとり上げる場合は,その分野が記載例と同程度の範囲になるようにする。準備問題に枠外の設問を含める場合は,各設問の冒頭に分野名を明記する。付録Cに記載がない分野の理論式が解答に必要なら,その式を試験問題の本文に記す。
  4. 付録Dには,参加生徒の全員が既習と考えてよい化学知識をあげた。これ以上の知識が必要な問題には,その知識を本試験の問題文中に記載するか,準備問題の本文および解答中に明記する。
  5. 派遣前の訓練や特別教育は,代表となる生徒4名を含めた50名以下を対象に,2週間以内で行うものとする。
第11条 本試験の実施要領
  1. IChOの試験は次の2種類とする。
     a) 第一部:実験試験
     b) 第二部:筆記試験
  2. 実験試験も筆記試験も4~5時間で行い,両者間には1日以上を空ける。
  3. 生徒は希望する言語の問題を受けとり,その言語で解答してよい。
  4. メンターは,問題案の受領後に生徒と接触してはならない。試験前も試験中も,試験問題に関する情報はいかなる形でも生徒に伝えてはならない。
  5. 主催国が解答用に渡す電卓は,プログラム機能がないものとする。
  6. 主催国は参加生徒の全員に安全指針を伝えて守らせる。
  7. 第3条②,第10条⑤,第11条④~⑥に反する行為があった場合は,解答の全部ないし一部を無効とする。
第12条 安全への配慮
  1. 実験試験では生徒にゴーグルをつけさせ,持参の白衣を着用させる。それ以外の安全措置は主催国が講じる。
  2. 液体はピペッターつきピペットで採取させる。ピペットは口で吸わせない。
  3. 猛毒物質(記号T+)の使用は厳禁する。毒性物質(T)の使用は勧めないが,特別な配慮があれば使える。R45,R46,R47分類の物質(付録B)は使えない。
  4. 実験試験の場合,準備問題(第10条)にも本試験の問題にも,使う試薬のリストを添付し,必要な最大量(固体)と最高濃度(溶液)を明記する。毒性物質には,取扱いの注意を必ず付記しておく。
     準備問題の添付リスト開示から3ヶ月間,使う試薬につき参加国は異議を述べてよい。異議がなければ合意されたとみなす。異議が出たら主催国はリストを再検討し,必要な場合は改訂する。リストの最終版はIChO会期の冒頭で参加国代表に配布する。
  5. 生徒の安全,試薬の扱いと廃棄に関する勧告を付録A(A1,A2)付録Bにまとめた。
     a) 付録A1:実験する生徒の安全指針
     b) 付録A2:主催国向けの安全指針と勧告
     c) 付録B:毒物や危険物質の分類・表示・説明など。
       B1:危険性表示記号と危険性の説明
       B2:R(危険性)の分類とS(安全)指針
       B3:危険性の表示(学校で使う物質の容器に貼付)
第13条 本試験問題の作成要領と確定手続き
  1. 主催国は,IChO科学委員会の委員を含む化学の専門家に試験問題を作成させる。模範解答と採点基準も用意する。
  2. 試験問題と模範解答,採点基準は,国際審議会の審議・承認を経て確定する。作題者は審議の場に出席しなければならない。
  3. 国際審議会の議長は,試験問題の検討(確定)会議に科学委員会の委員長を出席させ,進行を委任してもよい。
  4. 筆記問題も実験問題も,解答用紙を含めて簡潔なものが望ましく,分量が25,000文字を超えてはならない。試験問題の末尾に使用文字数を明記する。どの問題にも可能なかぎりSI(国際単位系)を使う。
  5. 実験試験の問題は次の条件に従う。
     a) 2個以上の課題を設ける。
     b) 評点が採点者の主観に左右されるような箇所はつくらない。
     c) 定性分析なら,全生徒に同じ試薬を与える。
     d) 定量分析なら,全生徒に同じ試薬を与えるが,濃度はそれぞれ変える。
     e) 定量分析の結果を評価する際,生徒間の平均値が標準値となるようにはしない。
     f) 定量分析の場合,生徒の得た平均値を主に評価するが,結果に直結する方程式や,途中の計算,記述内容に部分点を与えてもよい。結果の再現性は評価の対象としない。
第14条 採 点
  1. 筆記試験は60点満点,実験試験は40点満点(計100点満点)で評価する。
  2. 答案は出題者と各国メンターが独立に採点する。ある解答ミスが続く設問の解答ミスを誘っている場合,二重に減点されることがないよう採点する。出題者がまず採点結果を示し,次に各国メンターが採点する。両方の結果をつき合わせる協議(arbitration)のあと最終評価に合意する。主催国は採点答案の原本を保存しなければならない。
  3. 採点結果は国際審議会の議に付し,最終成績を確定する。
  4. 起こりうる採点ミスについての疑念を払拭するため,閉会式に先立って主催国は,生徒の総合点リストを各国メンターに手渡す。
第15条 最終成績の確定と表彰
  1. 最終成績と授与メダル数は国際審議会で議決する。
  2. 生徒総数の8~12%に金メダル,18~22%に銀メダル,28~32%に銅メダルを与える。授与メダル数は,生徒を特定できない成績表(グラフ)を全員が閲覧したうえで決める。
  3. メダリストは主催国からメダルと賞状を受けとる。
  4. メダル授与のほかに付加的な賞を設けてもよい。
  5. メダリストを除く生徒の上位10%に選外賞(敢闘賞)(honorable mention)を与える。
  6. 参加生徒の全員に参加証明書を与える。
  7. メダリスト以外を表彰する際は,名前(姓)のアルファベット順にコールする。
  8. 総合成績の国別順位は発表しない。
  9. 主催国は,報告書に最終成績表を添付する。
第16条 付 則
  1. 本規則はIChOの参加者全員に適用される。
  2. 本規則は2006年に韓国・慶山市で仮承認され,修正ののち2008年7月にハンガリー・ブダペスト市で承認された。
  3. 本規則は2008年9月1日に発効する。本規則の改訂には,国際審議会において参加国の3分の2以上の賛成を要する。
付録A
A1 生徒を守るための安全指針
 化学に携わる者は誰でも,危険物質の完璧な回避はできないと知っている。どんな物質も適切に扱う必要がある。参加生徒の全員があらゆる物質の危険性を知っているはずはないが,基礎的な安全知識(実験室での飲食・喫煙も,試薬をなめることも厳禁,など)は知っていると主催国は考えてよい。そうした常識的な配慮に加え,IChOの試験では,次に列挙する特別なルールを守らなければならない。実験試験中は,安全面に疑問をもつ生徒がすぐ監督者に申し出て指示を仰げるようにする。

体を守るための注意
  1. 実験中は常に目を守る。コンタクトをしている生徒も,目をすっぽり覆うゴーグル(保護メガネ)をかける。ゴーグルは主催国が準備する。
  2. 実験室では持参した白衣を着る。
  3. 長ズボンをはき,先端に空きのない靴をはく。たるんだ衣服や長髪は紐で縛る。
  4. ピペットは絶対に口で吸わない(ピペッターを使わせる)。
物質を扱う際の注意
  1. 実験試験の一環として主催国は,危険物質を扱う際の注意事項を伝える。危険のありうるすべての物質に,国際的に定められた記号のラベルを貼る。記号を見て意味を読みとるのは生徒の責任となる(付録B1,B2,B3)。
  2. 試薬は流しに捨てない。廃棄のやりかたは主催国が指示する。
A2 主催国向けの安全指針
 IChOの参加生徒なら,実験上の安全措置を適度に知っているが,安全に十分な配慮をするのは国際審議会と主催国の責務となる。『実験室の安全手引(Reference to the Safety Rules for Students in the Laboratory)』によれば,身を守るための責任の一部は生徒の側にもある。ほかの安全関連事項は,実験問題の中身に応じて年ごとに変わる。主催国の実験問題出題者は下記の点に責任をもつ。主催国は,IChOの参加生徒と同等の能力がある生徒や学生に問題を試行させて結果を調べ,安全性を確保するのが望ましい。

主催国向けの指針(A1も参照)
  1. 実験試験の時間中は応急処置体制を整える。
  2. 危険物質の適切な扱いかたを学生に伝える。
     a) 危険物質の扱いかたを実験試験問題の冊子中に記載しておく。
     b) 危険物質入りのビン(容器)には,国際的な記号を表示しておく。
  3. 試薬の廃棄手順を実験試験問題の冊子に記載する。廃棄物や廃液用の容器を用意する。
  4. 実験試験問題は,試薬の使用量が最適(つまり最少)になるよう設計する。
  5. 実験用の設備・装置・器具類は,下記によく配慮して選ぶ。
     a) 生徒の作業スペースが十分あるうえ,ほかの生徒から十分に離れている。
     b) 実験室の換気が十分によい(必要なら適当数のフードを設ける)。
     c) 実験室それぞれに2ヶ所以上の避難口を設ける。
     d) 近くに消火器を置く。
     e) 電気器具は安全なものを適切な場所に置く。
     f) こぼした試薬を拭きとれる道具を用意する。
  6. 安全確保のため,生徒4名に1名の監督者を配置する。
  7. 毒性物質,危険物質,発がん物質を使う場合は国際的ガイドラインに従う。
付録B
B1 危険警告記号とその説明(学校で使う試薬に適用)
  1. 爆発性の物質(E)
     炎に触れて爆発する物質や,衝撃や摩擦を受けた際に1,3-ジニトロベンゼンより爆発しやすい物質(ピクリン酸塩,有機過酸化物など)。R分類でR1~R3(B2参照)となる物質も含まれ,記号Eで表示する。
     こうした物質を保存する際は,S規定のS15~S17(B2)に従う。
  2. 火災誘引性物質,酸化剤(O)
     ほかの物質に触れたとき強い発熱反応をする物質。例には引火性がとくに高い物質や有機過酸化物がある。R7~R9の物質も含まれ,記号Oで表示する。
  3. 高度引火性物質,易引火性物質,引火性物質(F+,F)
     高度引火性物質とは,沸点が35 ˚C以下で引火点が0 ˚C以下の液体をいう。R12分類に属し,記号F+で表示する。
     易引火性物質は次のような性質をもつ。
      a) エネルギー供給なしに常温の空気中で過熱・発火する。
      b) 固体のものは炎に触ると容易に引火し,炎を遠ざけても燃え続ける。
      c) 液体のものは21 ˚C以下で引火する。
      d) 気体のものは1気圧の空気中,20 ˚C以下で引火する。
      e) 水や湿った空気に触れたとき大量の引火性ガスを出す。
      f) 微粉末が空気に触れたとき引火する。
     こうした物質はR11分類に属し,記号Fで表示する。引火点が21~55 ˚Cの引火性物質はR10分類となり,危険性記号はない。
     高度引火性,易引火性,引火性液体の加熱に使う電熱器は,よくシールされて炎の出ないものとする。どのような物質を加熱する際も,危険な蒸気が発生するなら,それが空気中に出ないよう配慮する。ただし,ごく少量を使うデモ実験は例外となる。
     むろん主催国の消防当局が設けた規定は十分に順守する。
  4. 毒性物質(T+,T,Xn)
     法規制では毒性物質を次の3種に分類する。
      猛毒物質(R26~R28)   記号T+
      毒性物質(R23~R25)   記号T
      軽度毒性物質(R20~R22) 記号Xn
     猛毒物質とは,少量の吸入や嚥下,経皮吸収により重度の急性ないし慢性健康障害や致死性をもたらす物質をいう。
     毒性物質(毒物)とは,少量の吸入や嚥下,経皮吸収により顕著な急性ないし慢性健康障害や致死性をもたらす物質をいう。
     軽度毒性物質(劇物)とは,吸入や嚥下,経皮吸収により軽い急性ないし慢性健康障害や致死性をもたらす物質をいう。
     実験で猛毒物質や毒性物質(塩素,硫化水素など)が出る場合,その発生量は必要十分なレベルにとどめる。有毒な気体が出る実験は,良好な排気ができるフードの下で行う。実験のあと残渣は適切に処理し,貯蔵したままにしてはいけない。処理設備がなければ実験は行わない。軽度毒性物質やその調製物は許可なく使ってよい。猛毒物質や毒性物質を法定レベル以下しか含まない調製物は軽度毒性物質とみなす。そのため,濃度1%以下の塩素水,臭素水,硫化水素水溶液は実験に使用できる。
  5. 腐食性物質,刺激性物質(C,Xi)
     記号Cで表す腐食性物質(R34,R35)とは,生体組織を侵す物質をいう。皮膚や粘膜に直接接触,長期接触,繰り返し接触しても腐食性はないが炎症を起こす物質を刺激性物質(R36~R38)といい,記号Xiで表す。こうした物質を使う際は安全指針S22~S28に従う。
  6. 発がん物質,遺伝子損傷物質,胚損傷物質,慢性障害性物質
     発がん物質(R45),遺伝子損傷物質(R46),胚損傷物質(R47),慢性障害性物質(R48),とりわけ明確な発がん性を示す物質は,IChOの実験に使ってはいけない。学校の理科室でも使用は禁じられ,いかなる場合も保管さえ許されない。
     ただし,発がん性を疑うに十分な証拠がある物質(R40)は,適切な安全措置を講じ,安全な代替物質がない場合にかぎり使用してよい。
B2 R分類とS勧告
危険性(R = risk)の説明
  • R1  乾燥時に爆発性がある
  • R2  衝撃,摩擦,炎など発火源に触れて爆発する危険がある
  • R3  衝撃,摩擦,炎など発火源に触れて爆発する危険が大きい
  • R4  爆発性のきわめて高い金属化合物を生じる
  • R5  加熱時に爆発する恐れがある
  • R6  空気との接触の有無にかかわらず爆発性がある
  • R7  火災源となる
  • R8  可燃性物質に触れて火災を起こす恐れがある
  • R9  可燃性物質と混合すれば爆発性になる
  • R10 引火性がある
  • R11 引火性が高い
  • R12 引火性がきわめて高い
  • R13 引火性がきわめて高い液化ガス
  • R14 水と激しく反応する
  • R15 水に触れて引火性のきわめて高いガスを発生する
  • R16 酸化剤と混合すれば爆発性になる
  • R17 空気中で自然発火する
  • R18 使用中に可燃性(爆発性)の蒸気と空気の混合物を生じる
  • R19 爆発性の過酸化物を生じる可能性がある
  • R20 吸入すると有害
  • R21 皮膚に触れると有害
  • R22 飲み込むと有害
  • R23 吸入すると毒性を示す
  • R24 皮膚に触れると毒性を示す
  • R25 飲み込むと毒性を示す
  • R26 吸入すると高い毒性を示す
  • R27 皮膚に触れると高い毒性を示す
  • R28 飲み込むと高い毒性を示す
  • R29 水に触れて毒性ガスを生じる
  • R30 使用中に高度引火性物質となる
  • R31 酸に触れて毒性ガスを生じる
  • R32 酸に触れて猛毒ガスを生じる
  • R33 蓄積作用により毒性を示す
  • R34 火傷を起こす
  • R35 重度の火傷を起こす
  • R36 眼を刺激する
  • R37 呼吸器系を刺激する
  • R38 皮膚を刺激する
  • R39 きわめて重度の不可逆的作用を示す
  • R40 不可逆的作用を示す恐れがある
  • R41 眼を激しく損傷する恐れがある
  • R42 吸入により過敏症を起こす恐れがある
  • R43 皮膚に触れると過敏症を起こす恐れがある
  • R44 密閉容器中で加熱すると爆発の恐れがある
  • R45 発がんの恐れがある
  • R46 遺伝子を損傷する恐れがある
  • R47 胚を損傷する恐れがある
  • R48 慢性障害を生む恐れがある
安全(S = safety)指針
  • S1  施錠して保管する
  • S2  子どもの手の届かない場所に保管する
  • S3  冷所に保存する
  • S4  生活圏から離して保管する
  • S5  ○○(液体名。メーカーが指定)中に保存する
  • S6  ○○(不活性ガス名。メーカーが指定)中に保存する
  • S7  密封容器内に保存する
  • S8  乾燥容器内に保存する
  • S9  換気のよい場所で容器中に保存する
  • S10 湿った状態で保存する
  • S11 空気との接触を避ける
  • S12 密閉容器に保存しない
  • S13 飲食物やペットフードから離して保管する
  • S14 ○○(接触を避ける物質。メーカーが指定)から離して保管する
  • S15 熱源から離して保管する
  • S16 発火源から離して保管する。禁煙
  • S17 可燃物から離して保管する
  • S18 運搬と開封時に注意する
  • S20 使用中は飲食禁止
  • S21 使用中は禁煙
  • S22 ダストを吸い込まない
  • S23 ガスや煙霧,蒸気,飛沫を吸い込まない
  • S24 皮膚に触れさせない
  • S25 眼に入れない
  • S26 眼に入ったらすぐ大量の水で洗い,医師の診察を受ける
  • S27 衣服についたらすぐに衣服を脱ぐ
  • S28 皮膚についたらすぐ大量の○○(メーカーが指定)で洗う
  • S29 流しに捨てない
  • S30 水を加えない
  • S31 爆発性の物質から遠ざける
  • S33 静電気から保護する
  • S34 衝撃や摩擦を避ける
  • S35 内容物も容器も安全な形で廃棄する
  • S36 扱う際には適切な防護服を着る
  • S37 扱う際には適切な手袋をはめる
  • S38 換気が十分でないなら適切な防護マスクをつける
  • S39 扱う際には眼と顔を保護する
  • S40 床に落ちたものは○○(メーカーが指定)で洗浄する
  • S41 炎上や爆発をしたら煙霧を吸い込まない
  • S42 煙霧や飛沫が生じたら適切な防護マスクをつける
  • S43 炎上したら○○で消火する(水が不可なら「禁水」と付記)
  • S44 気分が悪くなったら医師の診察を受ける(できれば容器のラベルを医師に見せる)
  • S45 事故が起きて気分が悪くなったら医師の診察を受ける(同上)
B3 危険性の表示(学校で使う物質の容器に貼付)
毒物(T)と
猛毒物質(T+)
引火性物質(F)と
高度引火性物質(F+)
刺激性物質(Xi)と
劇物 (Xn)
爆発性物質(E) 酸化性物質(O) 腐食性物質(C)
環境汚染物質(N)

付録C
C1 参加生徒の全員が既習と考えてよい事項(旧シラバスのレベル1と2に相当)

化学の概念

  • 実験誤差の見積もり,有効数字
  • 核子,同位体,放射性壊変(a 崩壊,b 崩壊,g 崩壊)
  • 水素類似原子の量子数(n, l, m)とs・p・d軌道
  • フントの規則,パウリの排他律
  • 典型元素と第4周期遷移元素(およびイオン)の電子配置
  • 周期表と元素の性質(電気陰性度,電子親和力,イオン化エネルギー,原子半径,イオン半径,融点,金属性,反応性)
  • 化学結合(共有結合,イオン結合,金属結合),分子間力,分子間力が生む性質
  • 分子構造と単純なVSEPR(valence shell electron pair repulsion原子価殻電子対反発)理論(電子対4個まで)
  • 化学反応式,組成式,モル,アボガドロ定数,化学式をもとにした計算,密度,いろいろな濃度単位を使う計算
  • 化学平衡,ルシャトリエの原理,濃度・圧力・モル分率を使った平衡定数
  • アレニウスとブレンステッドの酸・塩基,pH,水の電離,酸・塩基解離平衡の平衡定数,弱酸のpH,きわめて薄い水溶液のpH,単純な緩衝液,塩の加水分解
  • 溶解度積と溶解度
  • 錯形成反応,配位数,錯形成定数
  • 基礎電気化学:起電力,ネルンストの式,電解,ファラデーの法則
  • 化学反応の速度,素反応,反応速度を左右する要因,均一反応と不均一反応の反応速度式,反応速度定数,反応次数,化学反応のエネルギー図,活性化エネルギー,触媒反応,触媒が反応の熱力学と速度論に及ぼす影響
  • エネルギー,熱と仕事,エンタルピー,熱容量,ヘスの法則,標準生成エンタルピー,溶解,溶媒和と結合エンタルピー
  • エントロピー,ギブズエネルギー,熱力学の第二法則,自発変化の向き
  • 理想気体の状態方程式,分圧
  • 直接滴定と間接滴定(逆滴定)
  • 酸滴定とアルカリ滴定,酸滴定の滴定曲線,酸滴定における指示役の選択
  • 酸化還元滴定(過マンガン酸塩滴定,ヨウ素滴定)
  • 単純な錯形成滴定と沈殿生成滴定
  • 付録Dにあげた無機イオンの定性,炎色反応
  • ランベール-ベールの法則
  • 有機化合物の構造と反応性(極性,求電子性,求核性,誘起効果,相対的な安定性)
  • 構造と性質の相関(沸点,酸性度,塩基性度)
  • 単純な有機化合物の命名法
  • 炭素原子の混成軌道と結合の幾何学
  • s 結合とp 結合,非局在化,芳香族性,共鳴構造
  • 異性(構造異性,立体配置異性,立体配座異性,互変異性)
  • 立体化学(E-Z表示,シス-トランス異性体,不斉=キラリティ,光学活性,R-S表示,フィッシャー投影図)
  • 親水性基と疎水性基,ミセル形成
  • ポリマーとモノマー,連鎖重合,重付加と縮合重合
実験スキル
  • 実験台上での加熱,還流加熱
  • 質量と体積の測定(電子天秤,メスシリンダー,ピペット,ビュレット,メスフラスコ)
  • 溶液の調製・希釈,標準溶液
  • マグネチックスターラーの操作
  • 試験管を使う化学反応
  • 指示に従う官能基の定性試験
  • 容量分析,滴定,安全ピペッターの操作
  • pHの測定(pH試験紙,校正ずみのpHメーター)
C2 準備問題に組み込めば本試験に使える概念と実験スキルの例
 下記の項目(ないし同等の項目)から,筆記問題は6つまで,実験問題は2つまで,準備問題に組み込んでよい。「同等の項目」とは,基礎力のある生徒なら2~3時間の講義や実習,質疑応答により習得できる内容をいう。

化学の概念
  • 高度なVSEPR理論(配位子5個以上)
  • 無機物質の立体化学,錯体の異性化
  • 固体(金属,NaCl構造,CsCl構造)の原子配列とブラッグの式
  • 平衡定数-起電力-標準生成ギブズエネルギーの相互関係
  • 一次反応の積分反応速度式,半減期,アレニウスの式,活性化エネルギーの決定
  • 定常状態法と擬平衡近似による複雑な反応の解析,触媒反応の機構,複雑な反応の反応次数と活性化エネルギーの決定
  • 分子衝突の理論
  • 単純な相図とクラウジウス-クラペイロンの式,三重点と臨界点
  • 立体選択的反応(ジアステレオ選択的反応,エナンチオ選択的反応),光学純度
  • 立体配座解析,ニューマン投影図,アノマー効果
  • 芳香族の求核置換反応,多環芳香族化合物と複素環化合物の求電子置換反応
  • 超分子化学
  • 高度な高分子,ゴム,共重合体,熱可塑性高分子,重合反応の種類,重合の素段階と速度論
  • アミノ酸の官能基,アミノ酸の反応と分離,タンパク質のアミノ酸配列決定
  • タンパク質の二次・三次・四次構造,非共有結合性の相互作用,安定性と変性,沈殿によるタンパク質の精製,クロマトグラフー,電気泳動
  • 酵素,反応の種類による酵素の分類,活性中心,補酵素と補因子,酵素(触媒)反応の機構
  • 単糖類,鎖状構造と環状構造間の平衡,ピラノースとフラノース,ハース投影図と立体配座
  • 炭水化物,オリゴ糖と多糖,グリコシド,多糖の構造決定
  • 核酸塩基,ヌクレオチドとヌクレオシドの構造,機能性ヌクレオチド,DNAとRNA,核酸塩基の水素結合,核酸の複製,転写と翻訳,DNAに注目した応用分野
  • 複雑な溶解度計算(アニオンの加水分解,錯形成)
  • 単純なシュレーディンガー方程式と分光学の計算
  • 単純な分子軌道法
  • 質量分析の基礎(分子イオン,同位体分布)
  • 単純なNMRスペクトルの解釈(化学シフト,多重度,積分強度)

実験スキル
  • 合成手法(ろ過,沈殿の乾燥,薄層クロマトグラフィー)
  • マイクロスケールの化学合成
  • 高度な無機イオン定性分析
  • 重量分析
  • 分光光度計の利用
  • 液-液抽出の原理と利用
  • カラムクロマトグラフィー

付録D 参加生徒の全員が既習と考えてよい化学知識

無機化学
  • 1族・2族元素(sブロック元素)と水・酸素・ハロゲンとの反応,炎色反応
  • 非金属の単純な水素化合物(H2O,H2S,NH3など)の化学式・反応性・性質
  • CO,CO2,NO,NO2,N2O4,SO2,SO3の簡単な反応
  • 13~18族元素(pブロック元素)の酸化数,単純なハロゲン化物とオキソ酸(HNO2,HNO3,H2CO3,H3PO4,H2SO3,H2SO4,HOCl,HClO3,HClO4)の化学式
  • ハロゲンと水の反応
  • おもな遷移金属が通常もつ酸化数[Cr(III),Cr(VI),Mn(II),Mn(IV),Mn(VII),Fe(II),Fe(III),Co(II),Ni(II),Cu(I),Cu(II),Ag(I),Zn(II),Hg(I),Hg(II)]とイオンの色
  • 以上の金属とAlの溶解性,両性水酸化物[Al(OH)3,Cr(OH)3,Zn(OH)2
  • 過マンガン酸イオン,クロム酸イオン,二クロム酸イオンの酸化還元反応
  • ヨウ素滴定(チオ硫酸イオンとヨウ素の反応)
  • Ag+,Ba2+,Fe3+,Cu2+,Cl,CO32-,SO42-の検出
有機化学
  • 単純な求電子性化学種と求核性化学種
  • 求電子的付加反応:二重結合や三重結合への付加,位置選択性(マルコフニコフ則),立体化学
  • 求電子的置換反応:芳香環への置換,反応性と位置選択性に対する置換基効果,求電子性化学種
  • 脱離反応:sp3炭素におけるE1・E2反応,立体化学,酸触媒と塩基触媒,簡単な脱離基
  • 求核的置換反応:sp3炭素におけるSN1反応とSN2反応,立体化学
  • 求核的付加反応:炭素-炭素や炭素-ヘテロ原子の二重結合・三重結合への付加,付加-脱離反応,酸触媒と塩基触媒
  • ラジカル置換反応:ハロゲンとアルカンの反応
  • 酸化と還元:酸化還元に伴う官能基の変化(アルキン-アルケン-アルカン-[ハロゲン化アルキル,アルコール]-[アルデヒド,ケトン]-[カルボン酸誘導体,ニトリル]-炭酸塩)
    シクロヘキサンの立体配座
  • グリニャール反応,フェーリング反応,トレンズ反応
高分子化学・生化学
  • 単純な高分子と合成法(ポリスチレン,ポリエチレン,ポリアミド,ポリエステル)
  • アミノ酸:官能基による分類,等電点,ペプチド結合,ペプチドとタンパク質
  • 炭水化物:グルコースとフルクトースの鎖状構造・環状構造
  • 脂質:トリアシルグリセリドの一般式,飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸

(注)
原文: (alkyne - alkene - alkane - alkyl halide, alcohol - aldehyde, ketone -carboxylic acid derivatives, nitriles - carbonates)
各物質に対応する酸化度から並べると次のようになる
(アルキン←アルケン←アルカン→[ハロゲン化アルキル,アルコール]→[アルデヒド,ケトン] →[カルボン酸誘導体,ニトリル] →炭酸塩)