解説
問題 7:医薬品における立体化学
7.1 カーン-インゴールド-プレログ(Cahn-Ingolud-Prelog
= CIP)の方法による優先順位の決め方によると、解答用紙に書いた置換基のどちらが順位が高いかを示せ。
最初の問題は,リンと硫黄なのでどちらが原子番号が大きいか(問題冊子の最初に周期表が与えられている)を判断すればよい。硫黄の方が大きいので
答えは (>)
二番目の問題は,最初はどちらも炭素原子なので,その炭素に結合している原子に注目しなければならないが
どちらもC,C,H なのでまだ優先順位は決まらない。
そこで,次の炭素に注目すると
左はC,H,H 右はO,H,H
ということで (<)
3番目は,どちらも炭素ですがそのたんそについているのは
左がCl,Cl,Cl
右はBr,H,H
塩素より臭素の方が重いので (<)
7.2 化合物1の不斉中心(stereocenters)を*で示せ。(解答用紙の構造式に記入)
化合物1のそれぞれの不斉中心における置換基の優先順位を高いほうから順番に示し、それぞれの絶対配置(RまたはS)を記入せよ。
図に示したように,不斉炭素が二つあることはわかるでしょう。
左側の不斉炭素に注目すると
OH @
{CH(CH3)(NHCH3)}=(N,C,H) A
H C
Ph=(C,C,C) B
という優先順位になる。そこで,水素原子の反対側から覗くと(下図,矢印のように)左回り(S体)とわかるでしょう。
同様に
CH3 B
NHCH3 @
H C
CH(OH)Ph A
で,こちらも左回り=S体
7.3 化合物1の構造式をニューマン投影図または木びき台(sawhorse)投影図のどちらかで描け。
化合物1の構造式をフィッシャー投影図で描け。
ニューマン投影図:解答用紙にPhが指定されているので,矢印の方向から眺めると(点線が左,くさびが右になる)
木びき台も基本的には同じ
フィッシャー投影図:木びき台と比較すると考えやすいか? 下の不斉炭素は木びき台と同じ(横向きに出ている方が紙面の手前で縦方向が紙面奥)。
白矢印の方向から見ると考えればよい。
一方,上のほうの不斉炭素でメチル基が紙面奥にするには,黒矢印の視線で見なければいけないから,木びき台とはMeNH,とHの左右が逆転する。
非現実的ですが,フィッシャー投影図を横から眺めると下のようになっていると思うとわかりやすいでしょう。(右側から見たところ)
7.4 立体化学を含む化合物2の構造式を描け。この酸化還元反応の反応式を書き、式中の化合物の正確な係数を記入せよ。また、示した反応式において酸化数が変化する原子については、それぞれ酸化数を示せ。
アルコールにかマンガン酸塩溶液を加えると酸化されてケトンになる。(とくにベンジルアルコール%フェニル基が炭素についているアルコール%は酸化されやすい)過マンガン酸(+7)は還元されて二価になるので,そのように係数を合わせていけばよい。有機物の酸化数を書き忘れないように注意しなければならない。
化合物2をLiAlH4 で還元すると再びアルコールになる。その融点が1とは異なる化合物3と言うのだから,ジアステレオマーが得られているのではないかと想像することができるでしょう。したがって下の式のようになる。(7.5 a)
7.5bの正誤問題
1 と 3 は立体異性体である
アルコール部分の立体化学だけが異なるので立体異性体であるという定義に合っている。→ 正しい
1 と 3 は鏡像異性体である
アルコールの付け根の炭素は逆だが,窒素のついた炭素の立体配置はまったく同じであるので,鏡像異性体とは言えない。(鏡に映した構造式を書いて重ね合わせてみてもわかるでしょう)→ 誤り
1 と 3 はジアステレオマーである
ジアステレオマーとは複数の不斉炭素をもつ化合物でその配置が異なる異性体 → まさにそのとおりなので,正しい
1 と 3 は回転異性体である
回転異性体:自由に回転できる単結合でそのコンホメーションだけが異なるもののことであり,これらにはまったくあてはまらない。→ 誤り
7.5C
リチウムアルミニウムヒドリド(LiAlH4)はイオン性で Li+ (AlH4)-
のように有機溶媒中では解離していると考えましょう。さらに(AlH4)-はAlH3 + H- のようになり水素アニオン(H- %プロトンH+じゃない%)がカルボニル基を攻撃することにより,ケトンがアルコールになるという反応をおこす。リチウムイオンは極性の高い酸素原子や窒素原子と強い親和性があり,二つの原子が近くに存在したりするとキレート(二つの原子ではさまれるような状態:図参照)を形成しやすくなります。キレートを形成できるようになるには,下の図のように炭素−炭素結合が都合の良い状態になるように回転する。
ニューマン投影図(図右)で書けばキレートしている状態がより分かりやすいでしょう。
これを下の図のようにPh基−炭素−炭素−アミノ基を一つの平面に置いてかんがえましょう。そこで還元反応が起こるということは水素アニオン(H- )が攻撃するということになるが,平面の下から攻撃するか,上から攻撃するか二つの可能性があります。
ところが,平面の上から攻撃しようとすると隣の炭素のメチル基が邪魔になります。(立体障害ということ)一方,平面の下から攻撃しようとしても,近くにいるのは小さな水素で,それほど邪魔にはならないでしょう。
図の右側は反応後の構造ですが,不格好なので,矢印のように結合を回転させてPh−C−C−CH3が同一平面に来るようにまわしてやりましょう。
すると3のような立体配置になっていることがわかるでしょう。
この問題のポイントは,
@ キレート構造を形成している状態の
A コンホメーションが正しく書かれていて
B そのときにH-
がどちらの方向から攻撃すると立体的に空いているか
が正しくしめされているかどうか
ということでしょう。
ちなみに主催者による模範解答は以下のようなもの
問題の序盤は,立体化学に関する基本的な問題であり基礎的なことを正しく理解していれば,それほど難しくもないでしょう。
過マンガン酸塩による酸化反応やリチウムアルミニウムヒドリド(LiAlH4)による還元反応などは,大学の初歩的な有機化学では基本中の基本でしょう。ただし,知識がなくとも文脈から酸化してもう一度還元して同じもの(立体は違うが)ができているようなことを予想することも可能でしょう。
立体選択性の説明などは,かなりハイレベルで大学の高学年での有機化学で習うレベルでしょう。ちょうど大学院の入試などに出るくらいの問題でしょうか。
問題の前半は,準備問題集26,27を解いて理解しておけば大丈夫でしょう。後半は30などを正確に理解していると解けるでしょう。28,29も有機化学の立体選択性に関して関連深い問題であり,要参照。