IChO34 2002 7月

フロニンゲン大学,オランダ

 

準備問題集 日本語版

理論問題


 


翻訳者

 

相田隆司(東京工業大学)

伊藤眞人(創価大学)

上野幸彦(早稲田大学本庄高等学院)

尾中 篤(東京大学)

神原貴樹(東京工業大学)

工藤一秋(東京大学)

杉村秀幸(横浜国立大学)

野田良彦(仙台三高)  

畑中研一(東京大学)

本間敬之(早稲田大学)

薬袋佳孝(武蔵大学)

森 敦紀(東京工業大学)

米沢宣行(東京農工大学)

 


ジャンプ  問題5  問題10  問題15  問題20

 

内容

 

問題1 アンモニアの合成

問題2  酸素を貯蔵するミオグロビン

問題3  ラクトースの化学

問題4 有機化合物における原子の動きやすさ

問題5 グリーンケミストリー:Eファクターr

問題6  選択的沈殿

問題7  分析手段としての紫外吸収スペクトル法

問題8  反応速度論

問題9  結合と結合エネルギー

問題10  リンの性質

問題11   光学純度

問題12   ポリ乳酸

問題13   化学のパズル

問題14   デルフト焼きの青とビタミンB12

問題15   局所麻酔剤の合成

問題16   ペプチドの構造

問題17   リボヌクレアーゼ

問題18   酵素の反応速度論

問題19   樹状の巨大分子

問題20   カルボン

問題21   電気化学的エネルギー変換

問題22   ミセル

問題23   セラミックハードコーティング

 


問題1 アンモニアの合成

 

アンモニアは,尿素肥料その他多くの化成品を生産するために必要な,重要な基礎化学原料である.アンモニアの合成は次の平衡反応に従って起こる.

              N2 + 3H2 ←→ 2NH3

アンモニアプラント中の水素はメタンと水から次の反応によって得られる.

              CH4 + H2O ® CO + 3H2

窒素は空気から得るが,空気中の酸素はCOとの次のような反応によって除去される.

              O2 + 2CO ® 2CO2

空気中の窒素含量は80%である.上に示した反応はいずれも,下記の図に示した触媒反応器中で行われる.図中の矢印に,それぞれの流路の番号が振ってある.

 

いずれの反応物も完全に転化すると仮定せよ.また,Gの位置のアンモニアの流量は次にように表すものとする:n[NH3, G] = 1000 mol s-1

 

1-1      プラント中の以下の流量をmol s-1の単位で計算せよ.

n[H2, A],Aの位置における水素流量

n[N2, E],Eの位置における窒素流量

n[CH4, @],@の位置におけるメタン流量

n[H2O, @],@の位置における水流量

n[CO, B],Bの位置におけるCO流量

n[O2, C],Cの位置における酸素流量

n[CO, D],Dの位置におけるCO流量

 

実際には,アンモニアの生成は平衡反応であり,反応物の一部だけが転化するにすぎない.つまり,アンモニア生成のユニットは,下図に示すように分離器とリサイクル・ユニットを用いて運転されなければならない.

 

 

分離器から排出されてリサイクルされるN2 + H2の流量は,分離器から排出されるNH32倍であると仮定せよ.

 

1-2      Fの位置におけるN2の流量とFの位置におけるH2の流量を計算せよ.

 

温度,T = 800 Kにおいて,三種の気体のギブス・エネルギーはそれぞれ次のとおりである.

            G(N2) = -8.3´103 J mol-1

            G(H2) = -8.3´103 J mol-1

            G(NH3) = 24.4´103 J mol-1

 

1-3        1モルのN2が転化するときのギブス・エネルギー変化(DGr)を計算せよ.

 

1-4         DGr1-3参照)を用いて,アンモニア生成の平衡定数,Krを計算せよ.気体定数,R = 8.314 J mol-1 K-1とする.

 

平衡定数は,次式のように反応物の分圧で表現することもできる.

 

             

位置Fにおけるアンモニアの分圧は全圧に対し,次式のように分率xで表される:

              ,ここで,xは流量比でも表される.

 

1-5        位置Fにおける分圧,を表す式を誘導せよ.

 

1-6        上記で求めた分圧の式をKrに代入し,式の形を可能な限り簡略化せよ.

 

1-7         p0 = 0.1 Mpaptot = 30 Mpaのとき,xを求めよ.(ヒント:Kr1-4ですでに求めてある)

 

 

問題2 酸素を貯蔵するミオグロビン

 

ミオグロビン(Mb)はヘム(鉄)基をもつたんぱく質の一種であり,酸素を貯蔵することのできる酵素である。ミオグロビン1分子は,それぞれ酸素1分子と次に示す式のように可逆的に結合することができる。

Mb + O2 MbO2

このように酸素を貯蔵することは,クジラのような潜水をする動物には重要である。クジラはどのようにしてこの機能を使うのか考えてみよう。

 

酸素に結合したMbは酸素濃度が増加するにつれて次のような式を示す。

  ここで Kc は定数である。

酸素は水中にはわずかに溶け,その溶ける量は酸素の分圧に比例する。

 

したがって,Mbは酸素の分圧に対して次式のように表わされる。

  ここで Kp は定数である。

下のグラフはこの関係を示すものである。(グラフの目盛は対数表示である)

 

2-1 上の式における定数 Kp の単位と数値をグラフも用いて示しなさい。

 

Mb分子は4.53.52.5 nm サイズの大きさの箱に収まる程度である。分子の形状はほぼ楕円形であり,この箱の約半分の体積を占める。たんぱく質の密度は一般に1400 kg m-3 である。アボガドロ数は NA = 6.02 x 1023 mol-1 である。

 

2-2 Mbの分子量を計算しなさい。

 

クジラは空気を吸い込むことにより酸素を体内に取り込み,この酸素貯蔵を利用することにより長時間,水中に潜ることができる。クジラの筋肉組織の20%はミオグロビンからできていると仮定する。

 

2-3 クジラは筋肉組織1kgあたり何モルの酸素を貯蔵することができるか計算しなさい。

 

酸素は脂肪を燃焼させ,エネルギー(熱や運動)を得ることに用いられる。その化学反応式は,およそ次式のように表わすことができる。

このタイプの反応により放出されるエネルギーは酸素1モルあたり400 kJ である。クジラのような大型動物は,体温を保ち運動し続けるためには,筋肉組織1kgあたり約0.5 W のエネルギー消費を必要とする。

 

2-4 クジラは水中にどれだけ潜っていることが可能か計算しなさい。

 

2-5 実際の脂肪分子が燃焼する化学反応式を示しなさい。

 

 


問題3 ラクトースの化学

オランダでは、チーズ製造の副生成物である乳漿を原料としてラクトース(乳糖)がかなり大規模に生産されている。ラクトースはベビーフードや薬(錠剤)に使われている。ラクトースは、単糖であるD−ガラクトースとD−グルコースから成る二糖であり、その構造(ハース投影式)を下に示す。左側の単糖残基がD−ガラクトースである。

3−1 D−ガラクトースとD−グルコースのフィッシャー投影式を描け。

ラクトースを酸触媒で加水分解すると、D−ガラクトースとD−グルコースが得られる。

3−2 ラクトースの構造式中に矢印で示せ。
    (a)加水分解を起こすために、プロトンが結合する酸素原子
    (b)加水分解反応によって切断される炭素−酸素結合
    (c)フェーリング試薬との反応(この反応は、還元糖の検出に用い
       られる)に関与する炭素原子

ラクトースの加水分解反応に金属触媒を用いた水添反応を組み合わせると、ポリアルコールであるソルビトールとガラクチトールが得られる。これらは、それぞれグルシトールやズルシトールとも呼ばれる。

3−3 ソルビトールとガラクチトールのフィッシャー投影式を描け。
    また、これらの化合物が光学活性であるか否かを示せ。

工業プロセスにおいては、ラクトースはラクチュロースに異性化され、整腸剤として用いられる。また、ラクトースを水添すると低カロリー甘味料であるラクチトール(C12のポリオール)が生産される。オランダにおいてはどちらのプロセスも実施されている。

3−4 (a)ラクチュロースをハース投影式で描け。
       (ヒント:ラクトース中のグルコース部分がケト糖である
            フルクトースに異性化する)
    (b)ラクチトールをハース投影式で描け。

 

問題 4 有機化合物における原子の動き

 

有機化学の研究において反応のメカニズムを調べるために, 2H 17O などで同位体ラベルすると有用な情報を得ることができる。最新のNMRの技術を使うと,重水素2Hや酸素の同位体17Oを観測することが可能になる。

ひとつの例として,4‐ヒドロキシブタン−2−オンに同位体でラベルすることを考えてみよう。

a, b, c, d は水素原子,x, y は酸素原子,m は炭素原子である。

 

4-1 この化合物をpH=10 2H2O と反応させた。このときに水素原子 a d を重水素と交換しやすい順番にならべなさい。

 

最初に交換するもの □>□>□>□ 最後

 

4-2 同じように pH=10 H217O と反応させた。酸素原子 x, y 17O が導入されやすい順にならべなさい。

 

最初 □>□ 最後

 

4-3 13C 原子をmの位置に導入する適当な方法はあると思われるか。

 

yes or no

 

 

 


 

問題 5 グリーンケミストリー:Eファクター

 

病気に対抗したり痛みを和らげたりするための医薬品から美しく彩るための合成染料まで,さまざまな工業的レベルの有機合成製品無しには,現代社会が成り立つとは考えられないだろう。反面,これらのプロセスの多くは大量の廃棄物を副生している。この問題を解決するには化学工業の生産を減らすのではなく,廃棄物の副生をより少なくするようなクリーンな工業技術を見つけ出すことが重要である。

環境的に好ましい(好ましくない)プロセスかどうかを評価する指標として,「原子効率」や「Eファクター」という用語が用いられるようになった。原子効率とは,目的とした生成物の物質量の値を,副生産物を含んだ生産されるすべての生成物のそう物質量の和で割った数値である。Eファクターとは目的とする生産物の重量1kgあたりの副生産物の重量(kg)の値である。

 

メタクリル酸メチルは透明度の高い樹脂(高分子)の原料となる重要なモノマーの一種である。この化合物を生産するための,以前に用いられていた合成法と最近用いられている合成法を図1に示す。

 

従来法

最新法

 

図1 メタクリル酸メチルの合成

 

5-1 従来法,最新法それぞれのプロセスにおける,原子効率とEファクターを計算しなさい。

 

もう一つの例として図2に示すようなエチレンオキシドの製造がある。従来法では塩化カルシウムが生成する。さらに,10%のエチレンは1,,2−エタンジオールになってしまう。一方,最新の方法では銀を触媒に用いる。この方法は,15%のエチレンが酸化により二酸化炭素と水に変化する。

 

 

 

古典的なクロロヒドリン法

最新の石油化学的手法

図2 エチレンオキシドの合成

 

5-2 それぞれの手法の原子効率とEファクターを計算しなさい。


 

 

 

問題 6  選択的沈殿

 

溶解度は塩の環境汚染を測定する上で重要な要素である.物質の溶解度とは,一定量の溶媒にその物質を溶解した時,飽和溶液となるようなその量をいう.溶解度は溶質と溶媒の性質により,また,温度や圧力などの条件により大きく変化する.pHや錯体の生成も溶解度に影響するであろう.

 

BaCl2 SrCl2をそれぞれ0.01 Mの濃度で含む水溶液において,硫酸ナトリウム飽和溶液を加えることにより,これらの塩を完全に分離することは可能であろうか.分離の基準は, BaSO4として Ba2+ 99.9 %,すなわち SrSO4中に BaSO4 0.1 %以下含まれるような状態とする.溶解度積は Ksp(BaSO4) = 1×10-10 Ksp(SrSO4) = 3×10-7である.

 

6-1   関連する化学式を書け.

    残りのBa2+の濃度を計算せよ.

    分離された物質中の Ba2+ Sr2+のパーセントを計算せよ.

 

錯体の生成も溶解度に深く関わっていると思われるが,錯体とは中心金属イオンに2個以上の配位子が結合した電荷を有する化学種である.例えば Ag(NH3)2+は中心金属が Ag+,配位子が2個のNH3分子である錯体である.

AgClの溶解度が 1.3×10-5 M

AgClの溶解度積が 1.7×10-10

例の錯体の錯形成定数(Kf) 1.5×10+7であるとして問に答えよ.

 

6-2   1.0 Mアンモニア水溶液に対する AgClの溶解度は,純粋に対するよりも大きいか.計算により示せ.

 

問題7 分析手段としての紫外吸収スペクトル法

 

紫外吸収スペクトル法は、可視もしくは紫外光領域のある波長での吸光度の測定によって溶液中の物質の濃度を求めるためによく用いられる。ランバート−ベールの法則は吸光度がある波長でのモル濃度に比例することを提示している:A=ecl (eLmol-1cm-1単位のモル吸光係数、透過長の単位はcmA = 10logl0/l)

ここで、Fe(II)フェナントロリン(フェロイン?)の酸化還元濃度(?)の測定における最高及び最低濃度について考えてみる。

7-1 光強度の誤差が2%まで計れるものとして、1 cmキュベットを使って波長512 nmで測定できるフェロインの最低濃度を計算しなさい。

7-2 入射光の最低2%は検出器に達するものとして、1 cmキュベットを使って波長512 nmで測定できるフェロインの最高濃度を計算しなさい。

 

金属Mと配位子Lからできる錯体の組成もまた分光学的に求めることができる。Job法として知られる連続変化法(?)で、MとLのモル濃度の和を一定にしてその比を変化させることによってもとめられる。モル比を変化させることによって、次の吸光度対錯体のモル比のグラフが得られる(552 nmで測定)

7-3 錯体の組成を決定しなさい、また、計算も示すこと。

7-4 xM = 0ではどの化合物が吸収するか

  xM = 1ではどの化合物が吸収するか

  答えをどのように導き出したか示しなさい。

7-5 MLの吸光係数の比を計算しなさい

7-6 xM = 0及びxM = 1において、溶液中を透過した入射光の割合(%)を計算しなさい。

 

 


 

問題8 反応速度

反応速度の研究は、化学反応の詳細について重要な情報を与えてくれる。ここでは、NOの生成とその酸素との反応について考える。NOの生成は次の式に従って起こる。

速度定数k300 K2.6 x 10-8 Lmol-1s-1400K4.9 x 10-4 L mol-1s-1

気体定数はR=8.314 Jmol-1K-1

 

8-1 アレニウス式を使ってNOの生成における活性化エネルギーを計算しなさい。

 

NOと酸素の反応は次のように表される。

 

この反応は以下のような機構で進むものと考えられる。

   

 

 

 

 

8-2 この機構に基づいてNO2の生成における反応速度式を求めなさい。

 

実験的には、反応速度式はs = k[NO]2[O2]と求められた。

8-3 どのような結論が導かれるか。

予想した機構は誤りである。

予想した機構は正しい。

この実験は証拠にはならない。

(正しい答えに印を付けなさい)

 


問題9  結合と結合エネルギー

 

イオンの構造を,ある特定の半径と,電気素量の整数倍に等しい特定の電荷を有する,という単純なモデルで表し,これを使ったエネルギーの見積もりから,塩や結晶のかかわる多くの反応過程を解析できる.例えば,気相中でのイオン性分子の解離について考えてみる.気相中でイオン性分子が解離すると,個々の構成原子は中性の単一原子の状態になる.ここで,このような解離のエネルギーを求めるには,まずイオンの状態で解離し(たとえばNaCl → Na+ + Cl-),次に個々のイオンが正または負の電荷を得て電気的に中性である原子の状態となる,という経路を考えればよい.このような経路は,Born-Haberサイクルとよばれている.

 

以下に示すのは,2原子からなるいくつかの化学種の結合エネルギー,電子親和力,イオン化エネルギーなどの測定値である.

 

NaClの結合エネルギー     = -464 kJ mol-1                  Clの電子親和力                 = -360 kJ mol-1

KClの結合エネルギー     = -423 kJ mol-1                        Naのイオン化エネルギー              = 496 kJ mol-1

MgClの結合エネルギー     = -406 kJ mol-1                        Caの第一イオン化エネルギー       = 592 kJ mol-1

CaClの結合エネルギー     = -429 kJ mol-1                        Caの第二イオン化エネルギー       =1148 kJ mol-1

 

9-1 NaClの中性原子への解離過程のBorn-Hberサイクルを描き,NaClの解離エネルギーを求めよ.結合は100%イオン結合性であると仮定してよい.

 

9-2 CaCl2の中性3原子への解離過程のBorn-Hberサイクルを描き,CaCl2の解離エネルギーを求めよ.3原子種の結合は2原子種の結合より9%短いと仮定せよ.


問題10  リンの性質

 リンは,自然界でも,人工物においても重要な役割を持つ元素である。リン脂質,核酸,効率的触媒に使われる配位子などがその典型例である。また,リンを含む化合物の構造について有用な情報を与える測定法として,31P-核磁気共鳴(31P-NMR)がある。31P-NMRの特徴として,構造的に似た化合物のケミカルシフトが,かなり異なって観察されるという点が挙げられる。(ただし,プロトンとの相互作用はデカップリングによって除かれているものとする。)[註:光学異性体(=エナンチオマー)同士の間では,NMRスペクトルに違いはない。]

 

 亜リン酸ジアルキルAはラセミ体のブタン-2-オールの誘導体であり,亜リン酸ジアルキルBは光学的に純粋な(S)-ブタン-2-オールから得られたものである。化合物Aのプロトンをデカップルした31P-NMRを図に示す。化合物Bのスペクトルではただ一つのシグナルのみが観察され,そのケミカルシフトはAのピークのうちの一つと同一であった。[註:亜リン酸ジアルキルの一般式は(RO)2P-OHである。]

 

10-1        化合物Aのスペクトル(図1)を説明できるよう,それぞれの立体異性体について立体構造を表す式とフィッシャー投影図を書け。また,化合物Bの立体構造を表す式とフィッシャー投影図を書け。

              図1 Aの31 NMR スペクトル(1H 核はデカップルしてある)

 

化合物Cはメタノールから誘導された亜リン酸ジアルキルである。

化合物Dはプロパン-2-オールから誘導された亜リン酸ジアルキルである。

化合物Eはラセミ体の1-フェニルエタノールから誘導された亜リン酸ジアルキルである。

 

10-2        化合物C, D, E31P-NMRスペクトルにはそれぞれいくつのシグナルが観察されるか。もしも2つ以上ある場合は,それぞれの面積比がいくつになるかも述べよ。

10-3        化合物A1H-NMRシグナルの概形を図示せよ。ただし,シグナル同士に重なりはないものとする。分裂しているピークについてはそれぞれの高さの比も示すこと。[訳者註:ブタン-2-オールの1H-NMRシグナルの概形を図示せよ,の間違いと思われる。さもなければ難し過ぎ!]

 

ウィリアム・ノールズ(William S. Knowles2001年ノーベル賞受賞者)は,リン配位子Fをもったロジウム触媒をパーキンソン病の薬として重要なL(-)-DOPA の合成に用いた。

10-4        化合物Fの全ての立体異性体の立体構造を描き,それらのうちどれがL(-)ないしはD(+) DOPAの不斉合成に適しているかを示せ。

10-5        化合物Fのリン原子はピラミッド型(三角錐)の頂点に位置している。このことは,化合物F

         光学活性な配位子として機能するための必要条件である。

         別段,光学活性な配位子であるための必要条件ではない。

         ピラミッドが反転しない場合に限り,光学活性な配位子であるための必要条件と言える。

         極めて高い温度でのみ,光学活性な配位子であるための必要条件と言える。

   (正しいものにチェックマークを入れよ。正しものが2つ以上ある場合もあり得る。)

 

 その後,同じ目的で配位子Gが開発された。

10-6        配位子Gの立体異性体全てについてその立体構造を描き,それらのうちどれがL(-)ないしはD(+) DOPAの不斉合成に適しているかを示せ。(立体構造は上の構造式のように表わすこと)

10-7        化合物Gのリン原子はピラミッド型(三角錐)の頂点に位置している。このことは,化合物G

         光学活性な配位子として機能するための必要条件である。

         別段,光学活性な配位子であるための必要条件ではない。

         ピラミッドが反転しない場合に限り,光学活性な配位子であるための必要条件と言える。

         極めて高い温度でのみ,光学活性な配位子であるための必要条件と言える。

   (正しいものにチェックマークを入れよ。正しものが2つ以上ある場合もあり得る。)

10-8        化合物G31P-NMRスペクトルにはいくつのピークが観察されるか。もしも2つ以上あるならば,それぞれの面積比がいくつになるかも述べよ。

 

 

問題 11   光学純度

ある光学活性化合物のエナンチオマーはそれぞれ異なる生理学的な性質を示す。たとえば,アスパラギン酸のR体は甘いが,S体は苦い。現在では医薬品を創る際には,その活性成分の光学純度には十分な注意が払われている。フェニルアラニンはさまざまな医薬品の原材料として用いられるアミノ酸の一種である。これらのエナンチオマーをそれぞれNMR分析しても,そのシグナルに違いは現われない。しかし,フェニルアラニンをある誘導体に変換すると,異なるNMRのシグナルが出現することがある。

このような目的のために,フェニルアラニンのメチルエステルA(75%の光学純度のものである)を光学的に純粋な Mosher 試薬と呼ばれるPやマンデル酸の誘導体Qとトリエチルアミンの存在下反応させた。

 

11-1 化合物AをPおよびQとそれぞれ反応させて得られる化合物の構造式を示しなさい。

 

11-2 上記の反応をおこなう際のトリエチルアミンの役割は何か。つぎの選択肢から正しいものを選びなさい。

□ エステルAのラセミ化を防ぐため

□ 生成する塩化水素を中和するため

□ エステルAを活性化するため

□ 過剰に用いたPまたはQと錯体を形成するため

 

11-3 問題11-1で合成した化合物(誘導体)のNMRスペクトルにおいて次のプロトン(水素原子)のシグナルに対応するものをスケッチして示しなさい。(化合物Aが75%の光学純度であることに注意すること)

(a) Pと反応して得られる誘導体のメトキシ基に対応するプロトン

(b) Qと反応して得られる誘導体のメトキシ基に対応するプロトン

 

11-4 Pと反応して得られる誘導体の 19F NMRのシグナルをスケッチしなさい。

 

問題12  ポリ乳酸

 

ポリ乳酸(polylactic acid, PLA)は生分解性ポリマーとして重要である。PLAはオランダではかなり大規模に生産されている。その構成単位は(+)-乳酸であり,これは糖類の発酵により得られる。PLAの魅力的な性質は生分解性があるということである。PLAは医学的な応用分野があり,たとえば体内に埋め込む材料やドラッグデリバリー(薬を体内でゆっくりと放出するようなしくみ)などに用いられている。高分子量のPLAは,乳酸または(乳酸から得られる)環状のジラクトンAから合成される。

 

12-1        乳酸から出発してPLAの4量体[訳者註:乳酸の4量体のことを指している]を得る化学反応式を書け。

12-2        環状ジラクトンAから出発してPLAの4量体[訳者註:乳酸の4量体のことを指している]を得る化学反応式を書け。

 

乳酸の重合時に反応による体積変化はないものとし,またエステル生成の平衡定数が4であるとする。重合反応の反応率をpとすると,重合度(高分子鎖1本あたりに含まれるモノマーの分子数の平均値)はP = 1/(1-p)と表わされる。PLAの合成をU [mol]の乳酸から開始したものとする。

 

12-3        もしも反応系から水を取り除かないとしたら,重合度は最大いくつになるかを計算せよ。

12-4        10 [mol]の乳酸から出発して,重合度が100になるようにするには,どれほどの水を系外に除く必要があるかを計算せよ。

 

 

 

(+)-乳酸の環状ジラクトン


問題13 化学のパズル

 

化合物Aは化学式CClで表わされ、水に不溶で塩基である。また化合物Aは薄い塩酸にゆっくりと溶けていく。

 

13-1       化合物Aのどの原子がHClと反応に関わっているか?

 

化合物Aは塩化アセチルと少しずつ反応して酸にも塩基にも不溶の化合物を生成する。

 

13-2       化合物Aのどの官能基が塩化アセチルとの反応に寄与しているか

 

化合物AのH−NMRスペクトルのチャートを下に示す。

 

13-3       シグナルaとbはどの基(group)の存在を示しているか

 

化合物AはSn/HClと反応し終わると化学式C11Clを持つ化合物Bが生成する。

13-4       Sn/HClとの反応においてどの官能基が関わっているか

13-5 与えられた情報を元にして推定される化合物Aの構造式を描け。(ヒント:化合物Aは硝酸銀の溶液とはたとえ加熱したとしても反応しない)

 

問題14   デルフト焼きの青とビタミンB12

 

有名なデルフト焼きの陶器に特有の青色は,陶器のうわぐすりの薄い層の中に含まれているCo2+イオンの赤色光と緑色光の吸収によるものである。そのうわぐすりは,コバルトの塩をガラスを作るときの成分,例えば,ケイ酸塩やホウ酸塩,ナトリウムなど,と混ぜて作られる。そして,加熱によって,Co2+イオンを含む薄いガラスの層が形成される。このCo2+イオンは部分的に満たされた3d軌道をもつ遷移金属である。3d遷移金属イオンの色は,その結晶場によって分裂された低エネルギー3d軌道と高エネルギー3d軌道間の電子の遷移によって生じる。

14-1       Co2+の完全な電子配置を書きなさい(コバルトの原子番号=27

 

14-2                  5つの3d軌道の形を描きなさい。x-, y-,z-軸も示すこと。

 

3d軌道の間での遷移はそれほど強くない。緑色と赤色でのCo2+のモル吸光係数は,20 M-1 cm-1である。鮮やかな青色とするためには約90%の赤色光と緑色光が吸収される必要がある。

 

14-3       うわぐすりの層の厚さを1 mmとして,うわぐすり中のCo2+の濃度を計算しなさい(ヒント:Lambert-Beer則を使う)。

 

体内にも微量のCoイオンが存在しており,その大部分はビタミンB12の中に含まれている。体重70 kgの人の体内のCoの総量は約3 mgである。1964年に,Dorothy Crowfool-Hodgkinは,このビタミンの構造を解明した功績によりノーベル賞を授与された。その構造が下に示してある。Coはさまざまな酸化状態をとることができる。通常の酸化状態は2+3+であるが,ビタミンB12では,Co+も可能である。

ビタミンB12 (Rはアデノシル基

 

14-4       3つの異なる酸化状態に対して,イオン半径が大きくなる順番にCoイオンを並べなさい。

 

14-5       Coイオン(1+, 2+, 3+)のどの酸化状態において,EPR(電子常磁性共鳴)スペクトルのシグナルが観測できるか。全ての酸化状態における高スピン配置を推測せよ。

 

14-6                  体重70 kgの人の体内にはいくつのCoイオンが存在するか計算しなさい(Coの原子量=58.93)。

 

14-7                  ビタミンB12錯体中のコバルトの配位数はいくつか(正しい答に印をつけなさい)。

 

 

問題15   局所麻酔剤の合成

 

新しい医薬品の開発は有機合成に依存するところが大きい。望みの性質を得るために,分子構造の微調整がしばしば必要となる。ここでは,眼病の治療に使われる局所麻酔剤プロパラカイン(別名プロキシメタカイン)について考える。

 

15-1                  A, B, C, D およびEの構造を描き合成スキームを完成させなさい。

                全ての生成物はきちんと単離されるものとする。

 

15-2                  メタ−ヒドロキシ安息香酸を出発物質とした場合,どの位置がニトロ化された生成物が得られるか?そ(れら)の構造を描きなさい。

 

15-3       第2段階の反応において,n-C3H7Clの代わりにtert-C4H9Clを使うと,次のうちのどのような結果になるか。

                         Bと同様な構造をもつ生成物が得られる

                         全く反応しない

                         tert-C4H9Clが分解する

                         芳香族置換反応が起こる

正しい答に印をつけなさい。


問題 16 ペプチドの構造

 

タンパク質は全ての生物の細胞中に存在し,生命の化学現象における多くの機能を果たしている。タンパク質はα-アミノカルボン酸から構成されている。ペプチドは比較的少数のアミノ酸からなる‘小さい’タンパク質である。ペプチド結合はアミド結合の一種で一つのアミノ酸のアミノ基と隣に来るアミノ酸のカルボキシル基との作用により形成されるものである。

 

16-1 フェニルアラニン Fとアラニン A から得られるジペプチドはどれか?

 

ペプチドの構造の分析においてN-末端およびC-末端の残基は重要な役割をする。N-末端残基(ペプチド中で遊離のアミノ基を有するアミノ酸単位のこと)を決定するSangerの方法は,穏やかなアルカリ性条件下で 2,4-ジニトロフルオロベンゼンによって処理し,その後全てのペプチド結合を酸加水分解する過程を含んでいる。N-末端アミノ酸は黄色の標識断片を有し,それはペーパークロマトグラフィー分析で容易に検出できる。Sangerは1958年と1980年にノーベル賞を受けている。

 

16-2 Sangerの試薬の処理ではどのような反応が起きているか(単純化のためペプチドのN-末端側のアミノ酸をH2NRと描きなさい).反応式で示しなさい。

 

ペプチドの中で遊離のCO2H を持つC-末端残基の特定は,カルボキシペプチダーゼ(膵臓から得られる酵素)による選択的なC-末端単位の加水分解によって達成される。アミノ酸F, A, およびグリシン G そしてロイシン L からなるあるテトラペプチドのC-末端残基はFであることが分かった。Sangerの方法により N-末端単位はGであることが示された。

 

16-3 このペプチドに可能な構造を推定しなさい。構造を示しなさい。

 


問題17 リボヌクレアーゼ

 

ウシすい臓リボヌクレアーゼAはRNAを分解する酵素であり非常に安定である。pH7の水中で100 ℃ に加熱してもその活性は失われない。このような性質は,他の大部分の酵素を同様に処理すると失活しまうこととは対照的である。リボヌクレアーゼAがこのように安定である理由は,分子内の8つのシステイン残基の間で4つのS−S架橋を形成することにより安定な3次元構造を維持できるためである。S−S架橋構造は,次式に示すように,システイン残基に存在するチオール基の酸化反応 (oxidation) により形成される。

17-1 2−メルカプトエタノールのような還元剤はS−S結合を切断することができる。二当量の2−メルカプトエタノールを用いてS−S結合を切断する次の反応式を完成させるため,A,B,Cの構造式を示しなさい。

17-2 たんぱく質の三次元構造をつくることが知られている要素は次のうちどれか。

□ プロリンを多く含むこと

□ 大気圧

□ 静電力

□ 重力

□ 水素結合

□ 磁場

□ 生物のサイズ(大型の動物はより安定なたんぱく質を持つ)

□ ファンデルワールス力

正解をマークしなさい。正解は複数個存在する可能性もある

 


問題 18  酵素反応の動力学

 

酵素を用いる反応は化学において重要である.これらの反応の動力学的な解析は典型的な酵素の振る舞いを理解するのに役立つ.Eを酵素として基質 A Bが反応するとき,反応は (1) (5)の式で表される.

 

  (1)    E + A EA                 平衡定数 KA

    (2)    E + B EB                 平衡定数 KB

    (3)    EB + A EAB              平衡定数 K’A

    (4)    EA + B EAB              平衡定数 K’B

    (5)    EAB products              反応速度 v = k [EAB]

 

反応速度が小さいときには,反応 (5)のために (1) (4)の平衡はほとんど移動しない.このことより (6)の式が導かれる.Vmaxは最大反応速度で,酵素が基質により飽和されているとき,すなわち全ての酵素に A Bが結合した状態のときの反応速度である.

    (6)   

18-1   KA, KB, K’A, K’Bをそれぞれの濃度の記号で表せ.

 

マルトース(maltose)をイーストの酵素 α-グルコシダーゼ(α-glucosidase)による加水分解を考えてみる.

 

(7)    マルトース + H2O 2 グルコース

 

通常は基質のマルトースの濃度範囲は,10-4から 10-1 Mであり,水は溶媒であるので水の濃度は実質 55.6 Mと考えてよい.そこで,(6) [B]を無限大に近づけて簡単にすることができる.

 

18-2   式 (6)を簡単にしたものを示せ.この表現はミハエリス メンテン(Michaelis-Menten)の式として有名で,基質が1つの場合に成り立つ.

 

18-3   (a) [A]を小さく,すなわち 0にすることによりMichaelis-Mentenの式をさらに簡単にせよ. 

(b) 反応次数 nは,v = kcnで定義される.[A] 0のとき,反応次数はいくつか.

 

18-4  (a) [A]を非常に大きく,すなわち ∞にすることによりMichaelis-Mentenの式を簡単にせよ.これは基質により酵素が飽和している場合である. 

(b) [A] ∞のとき,反応次数はいくつか.

 

18-5  定数 KAは酵素の基質への親和性の尺度である.高い親和性を有する場合には,KAは大きな数値となるか,それとも小さくなるか.速度 vがいくつのとき [A] = KAとなるか.

 

18-6  速度 v [A](横軸)のグラフを書け.Vmax KAをグラフ上に示せ.

 

酵素反応は阻害材 Iが存在すると次の式に示されるように,反応は強く抑制される.

 

(8)                E + I  EI  平衡定数 KI

 

競争的な阻害の場合,阻害材は酵素の結合する側に位置する.このとき基質と競争になる.それで,反応は遅くなる.しかし,Vmaxには影響しない.そして,Michaelis-Mentenの式において KA (1 + [I]/KI)倍される.ここで (1 + [I]/KI) [I] = 0なら 1[I]が大きければ大きな値になる.非競争的な阻害の場合は,I Aは競争せず,KAは影響されない.Vmaxは小さくなる.そして,Michaelis-Mentenの式で Vmax (1 + [I]/KI)で割られている.α-グルコシダーゼによる加水分解をさらに調べるために,マルトースの代わりに基質モデルとしてパラニトロフェニル-α-D-グルコシド(p-nitrophenyl- α-D-glucoside PNPGと略す)が用いられる.これを用いると黄色のパラニトロフェノールの放出を,光吸収スペクトルの測定により追跡することができる.今回,マルトースの存在するところでグルコシダーゼの活性を調べるためにPNPGを用いた実験を行った.

 

18-7  どのような条件で行われたか.

    □ パラニトロフェノールの放出速度にマルトースが影響しない条件.

□ マルトースが競争的な阻害材になる条件.

□ マルトースが非競争的な阻害材になる条件.

正解に印を付けよ.

 

18-8            マルトースを [マルトース] = Kマルトースとなるように存在させたとき,パラニトロフェノールの放出におけるV [A](横軸)のグラフを書け.問18-6のグラフに書き加えよ.Vmax 1/2 Vmaxの点に印を付けよ.

 

問題19 樹状の巨大分子

 

 デンドリマーは著しく枝分かれした樹木のような構造をとる巨大分子である。これらの化合物を調製する方法の一つはマイケル付加反応の利用であり、その簡単な例を以下に示す。

 

 

デンドリマーは次の順番の反応で得ることが出来る。

(1)   NH3を過剰のアクリロニトリル(H2C=CH-CN)で徹底的に処理することにより、3つのシアノ基を含む生成物を得る。

(2)   この生成物をH2と触媒で還元し、3つの第一級アミノ基を含む1分子を得る。

(3)   この第一級アミンを再び過剰のアクリロニトリルで処理する。

(4)   上記のステップ(3)の生成物を再びH2と触媒で水素化し、6つのアミノ基を1分子中に含むヘキサアミンを得る。これが枝分かれした巨大分子の生成の始まりとなる。

 

19-1     () ステップ(1)の反応式を求めよ

              () ステップ(2)の反応式を求めよ

              () ステップ(3)の生成物の構造を記せ

              () ステップ(4)の水素化された生成物の構造を記せ

 

 アクリロニトリル処理とそれに続くシアノ基の還元を数回繰り返すと、表面に第一級アミノ基を持つ球状の分子が得られる。

 

19-2     この還元サイクルを5回(ただし、第1回目のサイクルはステップ1+2とする)繰り返して生成したデンドリマーの末端部に第一級アミノ基が幾つ含まれているか、計算せよ

 

19-3            () NH3 1モルに対して5回の還元サイクルで必要となる水素の量をモル数として求めよ

() 5回の還元サイクルで必要なアクリロニトリルは何モルか求めよ

() 1回の還元サイクルにつき、このデンドリマーの直径は約10A増加する。5サイクル還元されたデンドリマー分子の体積を算出せよ

 


問題20 カルボン

l-カルボンはスペアミントやハッカ油に含まれる化合物であり,マイナスの比旋光度を示す.一方,鏡像異性体のd-カルボンはカラウェイ油に含まれており,プラスの比旋光度をもつ.カルボンを化学分析すると,炭素80.00%,水素9.33%,酸素10.67%からできており,質量分析よりその分子量は150であった.カルボンのプロトン核磁気共鳴吸収スペクトルおよび赤外吸収スペクトルは以下の図に示す.また,紫外吸収スペクトルは238nmに強い吸収を示す.

 

20-1        カルボンの分子式を求めよ.

20-2        カルボンのもつ不飽和度を求めよ.

20-3        赤外吸収スペクトル図で,1680cm-1の強い吸収は,カルボン分子のどの官能基によるものか.

20-4        カルボンは,3200cm-1より大きな領域には強い吸収がない特徴をもつ.カルボンにはどのような官能基が無いと考えられるか.

 

200 MHzのプロトン核磁気共鳴吸収スペクトルを調べると,次の様な吸収帯が観測された(ここでは遠隔スピン結合は考えないものとする).

 

d (ppm)

吸収スペクトルの種類

積分強度

1.63

一重線

3

1.68

一重線

3

1.9-2.2

多重線

2

2.2-2.5

重なった多重線

3

4.75

二重線

1

4.93

二重線

1

6.73

三重線

1

 

20-5 カルボンが6員環炭素骨格構造をもち,しかもその1,2,4-位が置換された分子構造をもつと仮定するならば,最適な分子構造は何か.

 

 

カルボンの1H NMR スペクトル(カッコ内は4.5-5.0 ppm の領域の拡大図)

 

カルボンのIRスペクトル


問21 電気化学的エネルギー変換

 

今日の我々の社会では,人や荷物の移動しやすさは極めて重要である.電気自動車は将来における私たちの移動手段に必要なものとして,盛んに研究開発が進められている.電気により駆動される乗り物における大きな問題のひとつは,適切な電源の供給という点である.電池を用いる場合,(電源供給個所まで行って)再充電しなければならないため,行動半径が限られてしまう.一方,燃料電池の場合は(車に搭載された)電池自体で発電を行えることから,(電気自動車の電源として)電池に代わる魅力的な選択肢といえる.燃料電池は,反応物を連続的に供給しながら用いるタイプの化学電池である.燃料電池は,電気を生み出すために燃焼反応を利用している.(正極,負極)各々の電極において反応物の半電池反応が起こり,これにより生じた電子が外部回路を通って流れる.両電極はイオン伝導性の電解液もしくは,溶融塩,固体電解質により隔てられている.水酸化カリウム濃厚溶液を電解質に用いる水素‐酸素型燃料電池の電極における半電池反応は,次のように表される.

 

O2(g) + 2H2O + 4e- 4OH-(aq)                (1)

H2(g) + 2OH-(aq) 2H2O + 2e- (2)

 

電子の生成と消費が等量生じた際の燃料電池反応(全反応)は,次のように表せる.

 

2H2(g) + O2(g) 2H2O                (3)

 

反応生成物は,(なんと)水!であり,効率はおよそ5060%である.

 

21-1 どちらの反応が正極側で起こるか?

21-2 どちらの反応が負極側で起こるか?

21-3 電解質がリン酸の場合の電極反応を示せ.

 

ギブズエネルギー変化△G0は反応の駆動力を測る物差しである.ここで,エネルギー変化は次の式で表せる.

 

              G0 = -nFE

 

ここで,nは反応により流れる電子数,Fはファラデー定数(96487C)である.O2(g)25℃における標準電極電位は+1.23Vである.

 

21-4 酸性条件下における燃料電池反応の△G0を計算せよ(21-3参照).

 

燃料を燃やすことにより利用可能なエネルギーを取り出すのは,極めて効率の悪いやり方である.オランダでは,豊富に存在する天然ガスは魅力的な資源であるが,現在の火力発電プラントでは,天然ガスから理論的に取り出せるエネルギーのうちわずか3540%しか得ていない.天然ガス(メタン)の酸素共存下における反応(発熱反応)は次のように表せる.

 

CH4(g) + 2O2(g) CO2(g) + 2H2O(g) + エネルギー

 

通常,この反応から得られたエネルギーは,暖房や機械動力として間接的に利用されている.しかし,イオン伝導性固体酸化物を用いる高温型セラミックス燃料電池においては,天然ガスは触媒なしで直接燃料として使用可能であり,その効率も75%程度と極めて高い.この場合の燃料電池の全反応は,次のように表せる.

 

CH4(g) + 2O2(g) CO2(g) + 2H2O(g)

 

21-5 負極側および正極側における反応をそれぞれ示せ.

 

高温型燃料電池として,この他に溶融炭酸塩をイオン伝導性電解質として用いるものがある.この場合,水素が燃料として用いられ,また酸素は二酸化炭素と混合した状態で用いられる.

 

21-6 負極側および正極側における各々の半電池反応,および燃料電池としての全反応を示せ.

 

 


問題22 ミセル

 

生体膜は生物細胞中で多くの重要な役割を果たしている。植物や動物の細胞の膜は40-50%の脂質と50-60%のタンパク質を含んでいる。生体膜の重要な構成成分であるリン脂質は疎水的な脂肪酸尾部と分極して親水的な頭部からなっている。このような構造は一般に両親媒性試剤という。膜に関する知識は両親媒性試剤のより単純な構造の分子を伴った凝集挙動の研究によって得られる。典型的な凝集体はミセルであり,それは単分子または二分子構造でベシクルまたは小包体(リポソーム)とよばれる。n-ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)や臭化n-ドデシルトリメチルアンモニウム(DTAB)などの尾部が一つの海面活性体分子は,臨界ミセル濃度(CMC)以上の濃度になると水へ溶解している状態からミセルを協同的に形成する。ミセルの構造を図に示す。これらのミセルにおいて,中央の疎水的な核部分が識別でき,頭部の官能基とその対イオンを含む層(Stern layer)と水和した対イオンを持つ外側の殻(Guoy-Chapman layer)も識別できる。SDSのミセルでは中央の核は半径16.6オングストロームでStern layerは4.6オングストロームの厚さを持っている。

両親媒性試剤

 臨界ミセル濃度(CMC) 

 相対ミセル質量

 

 (mmol L-1) 

 (g mol-1 × 103)

SDS

8.1

18.0

DTAB

14.4

15.0

 

22-1 このSDSのミセルのStern layerの体積を計算しなさい。

 

一つの単純化したモデルにおいて,ミセルの形成を次の平衡式によって表現することができる:

 <平衡式> n S + n B ・(平衡矢印) M

ここでSは両親媒性試剤を,Bは対イオンを,そしてnは含まれる分子の数を示す。Sについてのミセル形成の標準Gibbsエネルギーは下の式によって示される:

 

 

ここでKMは平衡定数。臨界ミセル濃度において[M] = 0 である。また,[S]は[B]にほぼ等しいと仮定しなさい。Rは気体定数である(8.314 J mol-1 K-1)。

 

22-2 SDSのミセル形成のΔGMとDTABのミセル形成のΔGMを計算しなさい。

 

22-3 SDSとDTABのミセルの両親媒性試剤分子の数を計算しなさい。

 

 

問題 23 セラミックハードコーティング

 

BP(リン化ホウ素)は三臭化ホウ素と三臭化リンとを水素雰囲気下高温( >750 ℃)で反応させることにより生産される有用なハードコーティング材料である。このセラミック材料は金属表面を保護する薄膜として利用されている。BPは立方細密充填で結晶化する。

23-1 BPを形成する化学反応式を示しなさい。

23-2 三臭化ホウ素と三臭化リンのルイス構造式を示しなさい。

23-3 結晶状態でのBPの構造式を示しなさい。

23-4 化学式BPに対応する単位セルあたりの組成を示しなさい。

23-5 単位セルの格子パラメータが4.78 Åであるとき,BPの密度 (kg m-3) を計算しなさい。

23-6 BPにおいてホウ素とリン原子の距離を計算しなさい。

 

ボルン−ランデの式は次のように与えられ,格子エネルギーを計算するために利用される。

イオン半径 r+, r- がÅで表わされる場合には,fe2 は1390であり,マデルング定数は1.638である。ボルン指数 n は7,イオンの電荷 Z+, Z- は整数とする。

23-7 BPの格子エネルギーを計算しなさい。

 

BP形成速度 (r) は反応物質の濃度に依存して,次の表のようになっている。

23-8 BPを形成する反応の次数を求めなさい。また反応式も示しなさい。

23-9 800℃,880度のときの速度定数を計算しなさい。

23-10 BP形成反応の活性化エネルギーを計算しなさい。