Jury Meeting (判定会議)

大会期間中,合計4回の Jury meeting がおこなわれる。日程および内容は以下のようである。

第1回 7月6日(土) 実験問題試験の前々日
 実験問題の内容検討と最終版の確定

第2回 7月8日(月) 理論問題試験の前々日
 理論問題の内容検討と最終版の確定

第3回 7月11日(木) 採点の当日(ビジネスミーティング)
  IChO 運営委員の選挙問題,将来の開催国などに関する意見交換

第4回 7月12日(金) 閉会式前日
 メダル授与人数の議論,運営委員選挙,将来の開催国の決定

 Jury meeting は,各国オブザーバー,メンターが集まり,問題の内容検討,最終版の確定,その他大会運営に関するさまざまな問題を議論する場である。各国1票の投票権を有し,大会運営に関する決定をおこなう。会場で各国に赤,白,2枚の画用紙が渡され,可否を決定する。オブザーバー参加国には投票権はない。

 第1回ミーティングは,メンターがIt Wiid へ移動した日の夜,議題は実験問題の内容検討。すでに,到着直後,理論問題の原案が各国メンターに手渡されている。各国は即座に内容を検討し,意見がある場合は会議開始前に運営委員側に提案がおこなわれている。ミーティング時までに運営委員会は改訂案を作成し,会議室のスクリーン上にプロジェクタを用いて提案される。壇上には出題の責任者2名(全体の責任者と出題担当者)が登り,各国の質疑に対して応答する。改訂に異議のある国は挙手して反論を述べる。最終的には,各国の投票により多数決される。最終版の決定後,翌日に問題の翻訳にあたる。

 第2回ミーティングは,実験問題が実施された当日のメンターが船によるフリースランド州の運河や湖のツアーに出かけ宿舎に戻った日の夜である。ツアーから帰ると,理論問題の開催側原案および実験問題の各国翻訳版が収められた CD-ROM が配られ,夜のミーティングに向けて各国は検討を開始する。理論問題は問題数も4問(小問に分けると全部で10題になる)と多く,会場を二つに分けておこなわれた。(ホールと食堂の一画) 第1回ミーティングと同様,活発な意見の応酬がおこなわれた。問題IIの高分子に関する内容はとくに意見がわかれ紛糾した。終了したのは午後11時半。

 第3回ミーティングでは,翌日のミーティングの際に決定する運営委員の選挙に関する話題が提供された。また,2004年のスイスでの大会が都合により開催できなくなり,開催立候補国を募集中である旨が紹介された。また,2005年の台湾,2006年の韓国が開催の立候補をして翌日のミーティングで最終決定が諮られることが説明された。最後に,2007年,2008年の開催立候補が現在のところ明確には無く,募集中であることが紹介された。

 第4回のミーティングは,フリースランド州からフロニンゲンへと戻り,昼間に組織委員と各国メンターの間で採点結果の最終調停が終了した後,夜9時から開始された。場所は,翌日に閉会式をおこなうマルティニプラザの会議ホール。まず,組織委員側からエクセルで作成された,順位を横軸に得点を縦軸においたグラフがプロジェクタに示された。各国委員は既に各生徒の総得点を把握しているので,グラフの縦軸の絶対値は隠されて議論がおこなわれる。この時点では,メダル授与の人数の決定であり,獲得者は明かされない。議論の結果,27位までに金メダルを(委員会が用意したメダルの最大数らしい),銀メダルを76位までに,銅メダルを136位までに授与することを決定した。
 続いて,前日に打診のあった2005年,2006年の台湾,韓国での開催について投票がおこなわれ,最終的に開催が決定した。
 最後に,運営委員の選挙がおこなわれた。地区ごとの選挙でありアメリカ大陸の委員は今回の改選対象者1に対して,カナダのみの立候補であったため,そのまま承認された。ヨーロッパの改選数3に対して6カ国の立候補があり,選挙の結果イギリス,デンマーク,ハンガリーが選出された。
 また,組織委員から数学オリンピックに対して本家の国際オリンピック委員会から名称使用に関してクレームがついたことが紹介された。化学オリンピック,国際科学オリンピック連盟では事態を静観していくことが説明された。


ミーティングの模様,壇上は出題委員長とDavids 会長


ミーティングの様子,スクリーンに映し出された問題を活発に議論する


各国からのクレーム一覧


各メダルは矢印のところまで...(クリックすれば大きな写真を表示)


第4回ミーティング会場


運営委員選挙(ヨーロッパ)